みなさんはナオト・インティライミというアーティストをご存じだろうか?

それなりにアーティストであるとともに、サッカーが上手いことでも知られており、TV番組のサッカー対決企画などで見かけることも多い芸能人である。

僕は彼と、20年以上前に一緒にフットサルをしたことがある。

この思い出は、彼がメディアに露出し始めるまですっかり忘れていたのだけれど、3年ほど前にインターネット上で以下の記事を見た際に、当時のことを鮮明に思い出した。

別に、褒めて丸く収めたいわけじゃないが、本当に彼は心臓が強い。

悪く言えば厚かましく、日本人の感覚からすれば厚顔無恥そのものだが、海外ではあのくらい強引でも意外と通用するらしい。(最終的にはみんな引いてたけど)

このエントリで指摘されているとおり、ナオト・インティライミのコミュ力は圧倒的だった。

しかも、それは、「インティライミ」となる以前から彼に備わっていたのだ。今日はそのことを歴史の証言として、綴っておきたいと思う。


2000年代初頭の御茶ノ水は熱かった

僕が18歳の大学生だった2000年ごろ、御茶ノ水に一面だけフットサルコートがあった。当時は、いまほど「フットサル」という競技が市民権を得ておらず、プレー人口もずっと少なかったため、その場所は無料で使うことができた。

思い思いにボールを蹴っていると、自然と人が集まってきて、なんとなくゲームが始まる。チーム数が増えてくると、「3点先取の勝ち残り」といったルールが生まれ、ちょっとした腕試しといった雰囲気になってくる。しかし、人数が足りなければ、その辺で休んでいる人に助っ人をお願いしたりと、概ね和やかな雰囲気の場所だった。

時が進むにつれ、口コミでコートの存在が広まり、人が集まりすぎたため、徐々に殺伐とした空気も流れるようになるのだが。

大学生の僕は、平日の授業後や週末、このコートに通っていた。中学時代のサッカー部の仲間と待ち合わせ、チームを作り、ほかのチームに勝負を挑んだ。だいたいボールが見えなくなるまでゲームに興じ、適当に夕飯を済ませて帰るという生活だった。このコートで知り合ったサッカー仲間の中には、37歳になった今でも一緒にプレーしている人もいるほどだ。

僕らはなおとの圧倒的なコミュ力に蹂躙された

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僕とナオト・インティライミ、正確には「なおと」が出会ったのは、そんな御茶ノ水のフットサルコートだった。そう、彼は当時、インティライミ、すなわち「太陽の祭り」が付いておらず、ひらがなの「なおと」として活動していたのだ。

その日は、なぜかそれほど人数が集まらず、僕らのチームだけで軽くパス回しをしていた。そこに現れたのがなおととその一味だ。自然な流れで、僕のいたチームとなおとのチームが試合を行うことになった。

ご存知のように、なおとはサッカーが上手い。彼の仲間も一定以上の技量をもった人たちだった。なおとは柏レイソルのユース出身だというから、ひょっとしたら、ほかのプレーヤーもそうだったのかもしれない。

そんな彼らと僕らのチームではレベルが違いすぎる。途中からなおとのチームは完全に流してプレーをしていた。

圧倒的なレベル差の相手に、そんなことをされれば、悔しい気持ちの一つも感じそうなものだが、不思議とそうした感情は湧いてこなかった。なぜなら、なおとが異常に馴れ馴れしかったからだ。

彼は10分かそこらまえに出会った僕らを勝手につけたあだ名で呼んでいた。

その時、たまたまオランダ代表のユニフォームを着ていたK君は「ライツィハー」(当時バルセロナに所属していたオランダ代表の右SB)と呼ばれていた。(しかも、呼ぶときはちょっとウイニングイレブンのアナウンサーのモノマネをしていた)。

僕と同じ中学出身で東大に通っていたI君は「東大生」と呼ばれていた。

そして、僕の名前が「永田」だと知ったなおとは、僕のことを「永田町」と呼び始めたのである。

なんという安直さだろうか!有吉弘之にブチ切れられそうなほどの安直さである。そして、なんという馴れ馴れしさだろうか!

これまで、そんなあだ名で呼ばれたことなどあるはずもない僕らはただただ苦笑いしながら、試合終了のホイッスルがなるのを待ち続けた…。

「俺、音楽活動してるんだ」。試合後、そう言って、なおとはふっと笑った。そして、僕ら一人一人にチラシを手渡していった。人名ではなくステータスで呼ばれていたにもかかわらずI君が「ライブあったら行きます」的な対応をしていたことについては、僕は今でも尊敬している。僕はと言えば、「なんか、こいつすげーわ」と、ただ茫然とした気持ちだった。

その後、数年たち、インティライミと化したなおとはメディアを通じて、僕らの前に再び現れた。「あの時、一緒にフットサルしたなおとって人、最近テレビ出てたね」。当時の友人たちと集まった時にそんな話をすることもあった。

ただ、僕はいまだにナオトインティライミの曲を一小節も聞いたことがない。この記事を書くにあたり、YouTubeを貼ったが、それすら再生していない。

だから、僕にとって彼は「歌手のナオトインティライミ」ではなく、「異常に馴れ馴れしくてサッカーの上手いなおと」のままである。

いつか彼と再びフットサルをプレーする機会があったら、その時に彼の音楽も聴いてみたいと思っている。おそらくそんな日は来ないのだけれど。


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