心理学者アドラーの主張をわかりやすく解説し、続編とあわせて200万部に迫るベストセラーとなった「嫌われる勇気」。ちょうど今日の10時からテレビドラマもスタートします。

先日、この本の著者である岸見一郎さんにインタビューする機会をいただきました。

「現実を変える力があるのは理想だけなんです」~「嫌われる勇気」の哲学者・岸見一郎さんに聞く (1/2)「現実を変える力があるのは理想だけなんです」~「嫌われる勇気」の哲学者・岸見一郎さんに聞く (1/2)

個人的にも得るものの多いインタビューで、非常に勉強になったのですが、分量などの都合で泣く泣くカットした部分がありました。

この本編からカットした部分を岸見先生のご厚意により、ブログで公開することを許可していただきました。本編とあわせて読んでいただけると嬉しいです。




アドラー心理学はポジティブシンキングとはまったく異なる

―アドラー心理学に対する誤解の一つとして、「単なるポジティブシンキングなのではないか」というものがあります。この点については、どのようにお考えでしょうか。

まったく違います。ポジティブシンキングは「楽天主義」ですが、アドラーの考え方はしいて言葉を区別するならば、楽観主義なのです。

楽天主義の人は、「なんとかなるさ」と考えて実際の行動は何もしない。「ポジティブシンキング」、つまり気の持ちようが重要だと考えている人は、現在の状況を変えるための建設的な努力をしないのです。

例えば、職場で英語が必要だということが明らかになったのであれば、その日から家に帰って英語の勉強するしかありません。「そのうちやればできるから」「なんとかなるから」「大学の時はたいして英語出来なかったけど、本気をだせばできるから」などといって、努力をしない人は楽天主義の人といえるでしょう。

一方、アドラーは悲観主義でもありません。悲観主義、ペシミズムの人は、未来に絶望してしまって、何もしません。アドラーの考え方は楽天主義でも悲観主義でもなく、楽観主義、つまり”出来ること”をするのです。

以下は、私の「アドラー心理学入門」という本でも紹介しているエピソードです。出典は、イソップとも言われているのですが、どうやら違うらしく、はっきりしていません。ですが、アドラーが弟子の一人によく語っていたといわれているものです。

ミルク壺に溺れた“楽観主義のカエル”が迎えた結末とは…

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ミルク壺の上で遊んでいた二匹の蛙が、遊びに夢中になって、ミルクの中に落ちてしまいました。一匹は悲観主義の蛙だったので、最初はもがいていたのですが、すぐにあきらめてしまって溺れ死んでしまいます。

もう一匹は楽観主義の蛙でした。ポジティブシンキングではありません。ポジティブシンキングの蛙であれば、「誰かがきっと助けに来てくれるだろう」と思って自分では何もしないので、おそらく溺れてしまうでしょう。

アドラー心理学的な楽観主義の蛙は、どういう行動をとったか。

とにかく今出来ることは、足をもがくこと。これが楽観主義者のすることです。とにかく足をもがく、それしか今出来ない。その結果がどうなるかはわからないけど、今出来ることは足をもがくことであると考えて、もがいて、足をバタバタさせていたら……

ミルクがバターになって助かった、というお話です。

この話を弟子の一人がドイツのダッハウに収容された時にアドラーから聞いた話として伝えたので、ユダヤ人の間に広まったのです。強制収容所にいた人の多くは、最終的にガス室に送られてしまいました。ただ、ガス室に送られる以前に、精神的にまいってしまった人もかなり多かったといわれています。しかし、このミルク壺の蛙のエピソードを聞いた人たちは、何とかしよう、出来ることをしようと考えて、助かったのです。



この「蛙の寓話」は、非常にエスプリが効いていて、オチにたどり着いた時には思わず「ほおおお」と声をあげてしまいました。「嫌われる勇気」本編も非常に示唆に富んだ内容なので、未読の方は是非手にとってみて下さい。

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