一年前の12月、母方の伯父が亡くなった。60歳だった。すべてを過去形で語らなければいけないのが、いまだに残念なのだけれど、お酒好きで明るい人だった。親戚でスキー旅行に行ったとき、前日しこたま飲んだのにも関わらず、新幹線に乗るとすぐに缶ビールを抱えて、僕の座席まで持ってきてくれたことをよく覚えている

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僕は幸せなことに、それなりの年齢になるまで、親族の死とはほぼ無縁だった。社会人になってから、父方の祖母がなくなったが、高齢だったこともあり、葬儀は身内だけで済ませている。伯父はまだ若く、金融機関に勤めていたため、葬儀には会社の関係者が数多く訪れるだろう。僕も喪服を着て、会場に向かった。

葬儀場で、その場を仕切っていたのは伯父の長男である僕の従兄弟だった。10歳近く年下の従兄弟だが、この時は、ずいぶん大人びて見えた。

僕は、僕の足に絡み付いてじゃれる長男をなだめながら、慣れないお悔やみの言葉を掛ける。「この度は本当にご愁傷様でございます…」。従兄弟は落ち着いた表情で返す。「遠いところありがとうございます。顔を見てやって行ってください」。促されて葬儀場に入り、棺に入った伯父と対面した。

この時、僕はいろんな立場から伯父の死というものを想像した。僕の母にとっては兄弟の死であり、祖父母にとっては子どもの死である。伯母にとってパートナーの死であり、従兄弟にとっては親の死である。複雑な感情が僕のお腹の中を駆け巡る中、会場で流れているBGMが耳に入ってきた。

「Viva viva revolution…Viva viva revolution…僕らはこの時代に…」

「なぜここでDragon Ashなのだろう」「なぜここでViva La Revolutionなのだろう」。この厳粛で、しめやかな雰囲気をぶち壊す選曲は一体何なのだ。僕は戸惑いを通り越して、不謹慎ながら少し笑ってしまった。そんな僕の思いをよそに降谷建志は歌い続ける。「はるか遠くの地では残酷な日々が続くのに、こんな僕ら…」。

葬儀が始まってから終わるまで、僕の頭の中は、伯父との思い出と、この不釣合いな選曲のことで一杯だった。そして、この疑問は親族で食事する時になって氷解する。会場の係員が「BGMとして故人が好きだった曲を使用いたしました」と説明したのだ。

なるほど、確かに「Viva La Revolution」以外にもイルカの「なごり雪」やユーミンの「ルージュの伝言」が流れていた。最近の葬儀場では、そんな気遣いもしてくれるのか。納得したような、違和感が残るような、なんだかモヤモヤした気持ちになった。

先日、伯父の一周忌があり、当時のことを思い出した。さて、僕は自分の葬儀でどんな曲を使うのだろうか。あるいは、僕の遺族が僕の思いを酌んで選曲してくれるのかもしれない。とりあえず、Def Techの「My way」だけはチョイスしないで欲しいと思っている。

Viva La Revolution
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