これまで数多くの方にインタビューさせていただきました。それぞれから多くの示唆を得たと思いますが、質問に対する回答の明晰が、非常に印象的だったのは、慶応大学法学部教授である大屋雄裕さんへのインタビューです(※当時は名古屋大学の准教授でした)。

議会民主主義の制度は、「人民の考えはけっこう間違う」という前提で設計されている―法哲学者・大屋雄裕インタビュー (1/2)議会民主主義の制度は、「人民の考えはけっこう間違う」という前提で設計されている―法哲学者・大屋雄裕インタビュー (1/2)
誰でもできるような方法でしか発信しない人の意見は、政策に反映されない―法哲学者・大屋雄裕インタビュー (1/2)誰でもできるような方法でしか発信しない人の意見は、政策に反映されない―法哲学者・大屋雄裕インタビュー (1/2)

こちらの質問に対して、ビシッと筋の一本通った回答がよどみなく返ってくる。「脳内がこれ以上ないほどに整理整頓されているんだろうな」と感じたことをよく覚えています。

そんな大屋さんの師匠である井上達夫・東大大学院教授が書いたのが「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください--井上達夫の法哲学入門 」です。昨年の6月に出た本書をいまさら読んだのですが、これがまたすごかった。

「リベラル」「正義」といった、普段何気なくメディアを跋扈する言葉の裏に含まれる思想や哲学が、一分の隙も見せずに解説されているように感じました。

なぜ民主主義は必要なのか?


昨年の安保に関する議論の中で、「民主主義ってなんだ?」といった問題提起がメディアを騒がせていましたが、本書では民主主義について以下のように描写されています。正直、この解釈はシビれました。
民衆を愚民視しているエリートたち自身が、実に愚かな失敗をする。エリートを含めて、みんなバカだ、だからこそ民主主義が必要だ。

民主主義の存在理由は何かというと、われわれが自分たちの愚行や失敗を教訓として学習する政治プロセスを、民主主義が提供してくれるということですね。完璧に頼れる人などどこにもいないが、愚者が自分の失敗から学んで成長することは出来る。そのための政治プロセスが民主主義だ、と。

不覚にも、僕がこの文章を読んで思ったのは「銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーも同じようなことを言っていたな」ということでした。この知的興奮を表現する手段として銀河英雄伝説の一節しか出てこない自らの無学非才が恨めしいですw。ちなみに、僕が想起したのは、こんな一文でした。
専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。

「リベラル」を語るすべての人が読むべき一冊


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あくまで僕の観測範囲ですが、現在のいわゆる朝日新聞的“リベラル”というのは、ネトウヨに簡単に揚げ足を取られてしまうような理論的脆弱性を感じるのです。かつ、自らの言動を決して省みることのない傲慢さも鼻につく。。。そうしたリベラルへの不満を一掃する力が、本書にはありました。
それによって何が言いたいかというと、正義というのは、自分の独断や自分の利益を合理化するイデオロギーではなく、ある意味で、自分を批判するとか、自分の首をも絞める理念なんだということ。その正義が、リベラリズムの基底にある。

「リベラル」を語るすべての人に読んでいただきたいと思います。今では、続編も出ています。

画像でお分かりのとおりですが、貸していただいた本にも関わらず、娘がらく書きしてしまいました。最後になりますが、持ち主である編集長に心よりお詫びいたします。


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