精神病院に入院中の一人の患者がある日を境に、次々と自らが過去に起こした殺人を自白。その自白によれば、男は30人以上の男女を殺害し、遺体の一部を食べたという。警察の捜査や精神科医のセラピーによって引き出された、さらなる自白をもとに男は8件の事件で有罪判決を受ける。しかし、男の犯行を裏付ける物的証拠がほとんど発見されなかったことから、判決後も自白の妥当性をめぐる議論が続いていた。

この事件に関心をいだき、調査を開始したジャーナリスト、ハンネス・ロースタイムは、その過程で意外な事実にたどり着く…。

作品の途中で変化する"恐怖"の種類


作品の序盤は「トマス・クイック」という一人のシリアルキラーに対する純粋な恐怖を感じます。多くの場合、連続殺人犯は、自らに一定のルールを課しているのですが、トマス・クイックにはそれがないというのです。年齢も、国籍も、性別も関係なく殺人を犯したと語るトマス・クイック。筆者の丁寧な調査によって、おぞましい犯行の様子が明らかにされていきます。

しかし、ある瞬間から、この作品から感じる恐怖の質は変化します。事情聴取を行った捜査官、自白を引き出したセラピスト、事件を報じるメディア…、これらの要素が一体となって、一人の人間を有罪へと追いやっていく。自らが犯していない罪を告白していく過程には恐怖を感じざる得ません。

日々過ごしていると自分がやっていないことを自白するなんてありえないと考えてしまいがちです。しかし、この作品では「自白」というものが、如何にあてにならないかということも明らかにしていきます。
北米では多重人格障害と診断された症例の95%が、子供時代に性的虐待を受けていたと報告されている。患者はたいてい、セラピー開始の時点では自分が性的虐待を受けていたことを知らず、セラピストの助けを借りて抑圧された虐待の記憶をよみがえらせた。

しかし数多くの患者がのちに、回復された記憶が虚偽であったことに気づき、多重人格をつくりあげたのは実はセラピストだったことを悟った。不適切な治療をおこなったかどで大勢のセラピストが訴えられ、総額数百万ドルの損害賠償金が支払われた。

最近では診断そのものが強く疑問視されており、多くの専門家が、多重人格というのはメディアと、無責任なセラピストと、投薬―とりわけベンゾジアゼピンーによってつくりだされる状態であると考えている。今では多重人格障害という診断名そのものが使われなくなっており、かわりに、解離性同一障害と呼ばれるようになった。
ホラーやミステリ映画などで見かける「抑圧された過去がセラピーを通して再現される」というような事象は、それほど簡単に起こらないのでしょう。そして、そうしたよくあるストーリーに基づいて、推論を組み立てていくことが非常に危険であることを、この作品は教えてくれます。

既に、この世を去っていますが、著者の功績が如何に大きなものであったかは以下の報道記事が教えてくれます。500ページを超える大作ですが、読む価値は十分にあるんじゃないでしょうか。

30人殺害と自白のスウェーデン「連続殺人犯」、一転無罪で釈放 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News 30人殺害と自白のスウェーデン「連続殺人犯」、一転無罪で釈放 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News


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