※このエントリには、一部フィクションが含まれています。

金曜の夜の渋谷は賑やかだ。ゴールデンウィーク終了直後ということもあり、この街で働く人たちも、まだどこか浮ついた感じが残っているように見える。僕自身も、その日の業務を適当なところで切り上げ、夜の街へと繰り出すことにした。その時点では、気の知れた同僚たちと楽しい時間を過ごす予定だったのだ。そうその時点では。

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同僚と予約していた店の中に入ると、そこには先客がいた。その先客は男3人組で、見てるこちらが気の毒になるほどテンションが低かった。一人はスマホをいじり、一人は不機嫌そうにタバコを吹かしている。そして、最後の一人は何やら店員と交渉をしているようだった。

「これは合コンをドタキャンされたな…」。さほど察しのよくない僕でも彼らの置かれた状況をすぐに飲み込むことが出来た。たまたま、彼らの隣の席に通された僕らは、残りのメンバーがそろうまでの間、聞くともなく彼らの会話に耳を傾けた。

経緯はよくわからないが、まだ時間は19時半と早いにも関わらず、女性陣が来ないことは決定的なようだった。そして、不幸にも女性陣にスッポカされた男性たちは、今年4月に入社したばかりの新社会人のようだ。彼らは、この状況に激怒していたが、それでも金曜の夜を楽しいものにしようという気持ちは忘れておらず、怒りを紛らわすようにしきりに軽口を叩いた。

「っていうかさ、仕事してると自分がどんどん面白くない人間になってく気がするんだよね。やっぱり大学時代のヤツの方が面白いわ。」

ぱくたそ
↑そのときの僕の顔。

僕の心の中のミルコクロコップが「何を言ってるんだおまえは」と突っ込もうとした時、彼らの中でも新たなスイッチが入ったようだ。各々スマホを手に取ると電話をし始めた。そう彼らはこの絶望的な状況をひっくり返すべく、これから人脈を駆使して新たに女性を呼ぼうというのだ。その意気やよし。ただ、状況は厳しいだろう。そう高をくくって、僕は自分のテーブルでのトークに集中することにした。

1時間後…。

店の入り口にある階段の方からヒールの音がした。そして、それと同時にいつのまにか席から姿を消していた三人のうちの一人が、女性を自席に案内しながら誇らしげな声を上げた。「女の子来ました!!」。

残りの2人は、女性たちを出迎えながら、口々に歓迎の意を唱えた。「っていうか、よく来たね!っていうかよく来たね」。大事なことなので2回言ったようだ。

まったく関係のない僕らまでが明るい気持ちになれた瞬間だった。その後の彼らのテンションの高さは言うまでもない。僕らが店を出る頃には、「っていうか俺がおごるからカラオケ行こう」などというセリフが聞こえてくるぐらいだった。店に滞在したわずか3時間程の間に、3人の男たちの悲しみと努力と喜びに溢れた一大スペクタクルを僕はアリーナ席で観戦することが出来たのだ。

渋谷。ここは僕が毎日働いている街だ。だが、ここは多くの男女の欲望が渦巻く街でもあるのだった。(了)。

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