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ありがたいことに編集部宛に出版社などから新刊を送っていただくことがあります。取材や生放送など具体的な企画につながるかは、内容や時期などに左右されるため、申し訳ないことに“いただきっぱなし”になってしまう本も少なくありません。

ただ、そういう本も可能な限り、個人的に読ませてもらってます。
そうした本の中で、ここ数ヶ月で最も面白かったのが、常見陽平さんの「普通に働け」です。



この本では、メディアが煽る上に、個人は一般化しにくい自身の経験のみを語るため、特殊な例だけがクローズアップされがちな「雇用」というテーマについてデータを用いながら丁寧に解説しています。地に足がついた良書と言えるでしょう。

この本を読んだ直後に、大石哲之さんの「 英語もできないノースキルの文系学生はどうすればいいのか? 」を読みました。



こっちは、「グローバル化」する現状をふまえて、タムコーさんばりに「“グローバルマッチョ”になれ」という話をするわけではなく、「視点を変えてみなよ」「視野を広げてみなよ」と語りかけるような本でした。作者である大石さんが、もし現在の東京電力に中途入社するならば、どのように自分をPRするかを述べたエピソードが印象に残っています。

この手の本たちは、学生もしくは若手社会人のうちに読んでおきたいですね。というところで〆ようと考えていたのですが、ふと思ったんです。

「自分は普通だ」とか「自分はノースキルだ」という残酷な事実を受け入れることこそが最も難しいのではないかと。ましてや、それが若いうちであればあるほどそうだと思うんです。無論、現状を認識した上でなければ対策は立てられないし、そこからすべてが始まるわけですが、自分の無力さをそのまま受け入れるって結構、体力使うと思うんですよね。

そして、昔読んだ山田詠美の小説の台詞を思い出しました。

僕はそう感じて苛立ったが、すぐ後で、平凡な志向などという言葉を思いついた自分自身を少し恥じた。自分が非凡であると意識することこそ、平凡な人間のすることではないか。

ー山田詠美「僕は勉強ができない」

この手の本が内容の良質さと比較して、売り上げ的に爆発しない理由は、この辺にあるんじゃないかと思いました。



ちなみに「僕は勉強はできない」は、「成績がよかろうが、部活でレギュラーだろうが関係ねぇ。年上の彼女がいてSEXしたことある奴が一番偉い」という高校生にとっての「真理」を描いた作品です。(読んだの中学生ぐらいなのでうろ覚え)